「東山七越え」設計指針 (INDEX:索引へ)
- 設計の考え方は、次のとおりとした。
- 「昔からの東山越え」が生きている限り、それを尊重する。
- ただし、あまりに「自動車道」化された道は避けた。
- 例:「大津海道」(粟田口)(蹴上から山科へ抜ける現在の国道)
- 東山三十六峰をカバーすべく「比叡山から稲荷山」の間から選定する。
- 「東から京へ入る山道」としてはこの範囲が適切である。
- 地域的に適度に分散されている道を選ぶ。
- 始点を大津・琵琶湖畔側、終点を京側(京都洛東)とする。
- 「昔からの東山越え」は「上洛」が目的であったはずである。
- 京都洛東から大津・琵琶湖畔まで続く道とする。
- 始点を山科とするのは潔しとしなかった。そのため「大津・琵琶湖畔側」ではコースによる重複が生じるが、これは已む無し、とした。
(蛇足)「京の七口」
これは「京への入口」(関所)を表す言葉として知られているが、これも時代と共に栄枯盛衰があり、「七口」の特定はできない。
HomePageとしては「京の住人たより」にも関連記事が掲載されている。
刊行図書としては「京の七口 史跡探訪」(京都新聞社編、1976)などがある。