稲荷山
(INDEX)
独断評価 | 発見難易度 | 登頂体力度 | 頂上眺望度 | 山行愉悦度 | 総合評価 |
5点満点 | ★★ | ★★★ | ★★ | ★★ | 2.6 |
- 山頂の特定(地図)
- 「特定方法」定義に基づき標高点(233m)のある上之社(一之峰)を山頂とする。実際に登るには上之社を目標にすればよい。
- 上之社は百度参りできるくらいの広さがある。
- 数値地図では229mのピークになっているが、標高も定義に基づき標高点の標高233mを採用した。
- 登頂記録
- H15-1-26、測定を目的に登頂した(初登頂)。
- この後、傘杉社・清滝へ回って、沢沿いの静かな道(三ノ橋川上流)を通って東福寺まで下りた。この道を「恵日山」のところで「絵具谷道」と名付けた。
- 以前に東山トレイルを縦走したときは、コースが稲荷山四辻から泉涌寺へ抜けるようになっていたため登頂していない。
- 稲荷山
- 一言で言えば京都市街の南東、一段と高く伏見稲荷大社の背後に聳える山。
- 至るところ鳥居がある。かなり大きな信仰の山である。
- 稲荷山にある多くの塚を巡る約4Kmの「御山めぐり」コースもある。
- 名前のとおり「伏見区稲荷山」にある。
- 伏見稲荷大社(伏見区深草藪之内町)
- 和銅4年(711)秦氏の創建。五穀豊穣の農耕神を祭った。
- 秦氏の遠祖先秦伊呂具(いろぐ)が射た餅が白鳥となりその白鳥がこの山に止まり、ここに稲が生じたという伝承に基づいている。「稲が生ずる」から変化して「イナリ」「稲荷」になったという説が有力。
- 全国4万以上の稲荷神社の総本宮。
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大鳥居のすぐ後の「楼門」(重文) |
その後の「本殿」(正殿とも、重文) |
大人気の「千本鳥居」(右:上り) |
- 近くの仏閣神社
- 石峰寺(伏見区深草石峯寺山町)
- 正徳3年(1713)または宝永年間(1704-1711)万福寺の千呆和尚の創建と伝えられる。
- 寛政年間(1789-1801)伊藤若沖(じゃくちゅう)が下絵を描き明光に彫らせたという五百羅漢(写真撮影不可)が有名な洛南の名刹。山号は百丈山、単立黄檗宗。
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総門へ登る石段。「五百羅漢」の案内がある |
総門(黄檗宗であることがすぐわかる) |
本堂の前庭(いつも花がいっぱいです) |
- 雍州府志での記述
- 稲荷山
- 慧日山の西南に在る(注:「東南」の間違いか)。
- 古え、山頂に稲荷三社が在ったが弘法大師が今の地に移したため、今は(江戸時代には)山頂に三つの壇を残す。
- 東山国有林風致計画での記述
- 稻荷山
- 恵日山の南にある。山稜を三峯と称し稲荷三社の鎮座するところ。
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稲荷山頂(上之社)の参拝者 |
願成町から見る稲荷山 |
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稲荷山四辻から見る市街(遠くは愛宕山) |
稲荷山の東にある三角点(点名は西野山) |