(東京から引っ越してきた人の作った京都小事典)

北野天満宮の創建           (INDEX:索引へ)


北野天満宮の「ご由緒」を見ても創建時期については明確にしていない。
私なりに調べた範囲で「創建時期」を明確にしたいと思う。

(索引)    北野天満宮の創建    北野天満宮御供所七保    北野天満宮の末社
clickすれば大きな画像有名な『東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな』(拾遺和歌集)これは左遷直前に京都で詠んだ和歌

『夕されば 野にも山にも 立つけぶり 歎きよりこそ 燃えまさりけれ』(大鏡)が大宰府に着いて詠んだ和歌

共に延喜元年(901)

天満宮より古い施設が周りに多くある
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多治比文子が小祠を建てた所(延喜4年(904))文子天満宮(西ノ京の舊址、延喜5年(905))北野天満宮(天暦元年(947))一の鳥居
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「佐井通七条北東角(右京七条二坊十三町)」あたり、「北月読町」。小祠は残っていない「天神通妙心寺道上ル(右京一条二坊二町)」にある。天暦元年(947)以降は「文子」を祀る天暦元年(947)から「菅原道真の怨霊」を祀る。大宰府天満宮より御利益がありそう

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安楽寺天満宮(一之保社跡)長宝堂(三之保社跡)威徳水(四之保社跡)
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鳥居の左奥に見える「大きな石碑」が「一之保天満宮舊蹟」の石碑(一条通)「成願寺」の一角に立派な「お堂」を残している「井戸の跡」と「駒札」を残すのみ
満願寺(五之保社跡)阿弥陀寺(六之保社跡)(妙心寺道)成願寺(七之保社跡)
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今は玉房稲荷大明神になっている。撮影時は、内部の修復作業中であった(今も使われている証拠)幼稚園の前に「元阿弥陀寺跡」の碑を残すのみ門前の寺碑に「元七保天満宮」とある
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文子天満宮境内末社御輿岡神社境外末社水火天満宮(境外摂社・末社ではない)
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「菅原道真とゆかりの深くない(=多治比文子)」を祀っている、ということか「北野天満宮御旅所」の一角に「みこしがおか神社」が鎮座している“日本最初の天満宮”とも言われ「菅原道真」を祀っているのですが・・・
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