(東京から引っ越してきた人の作った京都小事典:参考)
十六夜の旅物語
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旅は4人(女主人公(安嘉門院四条、出家後「阿仏尼」)+その息子+手輿を持つ2人の従者)。主人公は、徒歩+手輿(に乗る)+(時には)馬で、京都から鎌倉まで14日で行った。 | |
宿(避難小屋のようなものまで含めれば)はあったようで、野宿などはしていない。食事については記述が無いので不明。盗賊などの話も出てこないので、旅そのものは安全であったろう。 | |
旅の難所は「川、山」であった。1日単純平均30kmは歩いた(旅した)。 | |
(青色)=訳者が付け加えた補足、和歌の右側の「括弧付き文」も訳者の説明。 底本は「十六夜日記」(岩波文庫、黄140-1、 Virginia大学のLibraryから入手)。 |
1日目(逢坂関/守山泊) | 2日目(彦根近くの小野泊) | 3日目(不破関/笠縫泊) | 4日目(一宮/下戸泊) | 5日目(熱田/鳴海/八橋泊) | ||||
6日目(豊川近くの渡津泊) | 7日目(浜名湖/浜松泊) | 8日目(天竜川/見附泊) | 9日目(小夜の中山/菊川泊) | 10日目(大井川/手越泊) | ||||
11日目(興津/清見潟泊) | 12日目(富士川/伊豆国府泊) | 13日目(箱根/酒匂泊) | 14日目(鎌倉到着) |
定めなき 命は知らぬ 旅なれど | (定めない人の命だから、生きて帰れるかわからないが) | ||
又逢坂と 頼めてぞ行く | (また逢坂の関に “逢える”(戻れる)よう祈る) |
うち時雨 故郷思ふ 袖濡れて | (故郷を想う涙と時雨で、袖も濡れた) | ||
行く先遠き 野路の篠原 | (ここは野路の篠原、先はまだ遠そう) |
いとゞ我 袖濡ぬらせとや 宿りけむ | (いよいよ我が袖も涙と時雨で濡れてきたので泊まることに) | ||
間なく 時雨の 洩る山(守山)にしも | (間断なく 守山にも “洩れるように” 降る時雨よ) |
旅人は 皆もろともに 朝発ちて | (旅人は皆んな朝早発ちで) | ||
駒うち渡す 野洲の川霧 | (野洲の川霧の中、駒音だけを頼りに進む) |
結ぶ手に 濁る心を 濯ぎなば | ((紀貫之の歌「結ぶ手の いづくに濁る・・・」に倣って)清水を掬って濯げば) | ||
うき世の夢や 醒が井の水 | (醒が井の水なら、手だけでなく、煩わしいこの世の悩みまで綺麗になるだろう) |
我が子ども 君に仕えん ためならで | (息子が宮仕えすることを祈るだけならば) | ||
渡らましやは 関の藤川 | (こんな旅には出なかった、藤川を渡ることも無かった) |
ひま多き 不破の関屋は このほどの | (板隙間の多い不破の関屋は、この秋には) | ||
時雨も月も いかに漏るらん | (時雨も月も洩れて出てくるのだろう) |
旅人は 蓑うち払ひ 夕暮の | (旅人は蓑に溜まった雫を払って) | ||
雨に宿かる 笠縫の里 | (夕暮れの雨の中、“蓑笠を外して” 笠縫に宿を求めた) |
守れたゞ 契り結ぶの 神ならば | (どうぞお守りください、契り結びの神様) | ||
解けぬ恨みに 我迷はさで | (恨みを解いて私を迷わせないでください “結ぶ”と“解く”を対句にして) |
片淵の 深き心は ありながら | (片側だけ深い堤のように、深い恋心を抱いていると) | ||
人目つゝみの さぞせかるらむ | (人目から “包み(堤)” 隠し続けるのは、苦しいものです) | ||
仮りの世の 行き來と見るも 儚しや | (この世も、浮橋を渡るようで、儚いものです) | ||
身の浮舟を 浮橋にして | (浮橋とは、頼りない “我が身=浮舟” を繋ぎ繋ぎしたようなものなのですから) |
一の宮 名さへ懐かし 二つ無く | (一の宮の名前のとおり、二番目の法律) | ||
三つ無き法を 守るなるべし | (三番目の法律でもなく、一番目の法律(御成敗式目は「悔返状(為家が為相に与えた)」を正当化している)を守ってくれれば、我が訴訟は勝てる) |
祈るぞよ 我が思ふ事 鳴海潟 | (祈ります、我が願いごとが “成る(鳴海)” ように) | ||
潟引く潮も 神のまにまに | (神の思し召しのまま “ひいきに(引く潮)” にしてください) | ||
鳴海潟 和歌の浦風 隔てずば | (鳴海潟(熱田神宮)に 和歌の浦(玉津島神社)と同じ風が吹くならば) | ||
同じ心に 神もうくらむ | (我が歌の神(玉津島神社)と同じく、熱田神宮も我が願いを叶えてくれるだろう) | ||
満つ潮の さしてぞ来つる 鳴海潟 | (満潮がさしてくるように、我も鳴海潟を指して来ました) | ||
神や哀れと 見るめたづねて | (神も哀れと “見て(みるめ=海松布=潟にある海藻の一種)” くれるでしょう) | ||
雨風も 神の心に 任すらむ | (雨風も神の御心のままになるのでしょう) | ||
わが行く先の さはりあらすな | (我が旅の行く末にも支障のないようにお願いしたい) | ||
契りあれや 昔も夢に 見しめ縄 | (契りがあったのでしょうね、昔御社の “しめ縄” の夢を “見しめ(見ました)”) | ||
心に掛けて めぐり逢ひぬる | (多年念願してきましたが漸く参拝できました) |
濱千鳥 啼きてぞ 誘う世の中に | (浜千鳥が啼いて我を世の中(歌道の師範の家系)に誘ってくれる) | ||
跡とめじとは 思はざりしを | (歌道の師範として “浜千鳥が足跡を残すように” 世の中に認めてもらえる、とは思っていなかったのですが) |
言問はむ 嘴と脚とは 飽かざりし | (伊勢物語のように尋ねてみよう、嘴と脚が “赤い(飽きない)” 鳥は) | ||
我が越し方の 都鳥かと | (我が住んでいた都の、その都鳥ですか)(伊勢物語の歌=名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと) |
はるばると 二村山を 行き過ぎて | (はるばると二村山を越えてきて) | ||
なほ末たどる 野べの夕やみ | (それでもまだまだ野辺の夕闇の中を迷いながら歩いています) |
さゝがにの 蜘蛛手危ふき 八橋を | (「ささがに」は蜘蛛の枕詞 蜘蛛の足のように八方に分かれていて危なっかしい八橋を) | ||
夕暮れかけて 渡りかねつる | (夕暮れの中、渡るのが難しかった) |
時雨けり 染むる千入の はては又 | (今年はよく時雨が降った。布を千回も染めたように) | ||
紅葉の錦 色かへるまで | (その果てには、紅葉の錦の色があせてきた) |
待ちけりな 昔も越えし 宮路山 | (待っていてくれたのですね、昔越えたことのある宮路山よ) | ||
同じ時雨の めぐりあふ世を | (前回と同じく時雨と “巡り合いました”、これも運命でしょうか) |
主や誰 山の裾野に 宿しめて | (山の裾野に宿を構えているのは誰でしょう) | ||
あたり寂しき 竹の一叢 | (周りは寂しい竹が一叢(ひとむら)あるだけです) |
住みわびて 月の都は 出でしかど | (侘しく暮らしていた月の綺麗な都を出てきたが) | ||
憂き身離れぬ 有明の影 | (有明の月の影は、訴訟で憂鬱な我から離れず、ずっとついてくる) |
旅人の 同じ道にや 出でつらん | (旅人と同じ道を歩こうと、月出するのか) | ||
笠うち着たる 有明の月 | (我らと同じ笠を被った有明の月よ) |
我がためや 風も高しの 浜ならむ | (我のために、風も音 “高く(高師)” 吹く高師の浜なのだろう) | ||
袖のみなとの 浪はやすまで | (袖に、湊の波のような涙がかかるのを、風が囃し立てているようだ) |
白浜に 墨の色なる 島つ鳥 | (白浜に墨の色のように黒い群れをなしている鳥たちよ) | ||
筆も及はゞ 繪に描きてまし | (画の才覚があるならば、絵に描いてみたいものだ) |
鴎ゐる 洲崎の岩も 他ならず | (鴎のいる洲崎の岩も、他人事とは思えない) | ||
波の数こそ 袖に見なれて | (岩を越える波の数は、我が袖に見慣れた涙の数と同じくらい多いのだから) |
濱松の 変わらぬ影を 尋ね来て | (浜松の昔と変わらない様子を探し求め来て) | ||
見し人なみに 昔をぞ問ふ | (もう父は “亡くなった(波に)” 昔のことを問いかけて偲ぶ) |
水の泡の うき世を渡る ほどを見よ | (川の中に浮き沈みする水の泡は、憂き世を渡る我らと同じようだ) | ||
早瀬の瀬々に 棹をも休めず | (早瀬を一つ一つ乗り切るのに、棹を休めることはない) |
誰か来て 見附の里と 聞くからに | (誰かがやって来てやっと “見つける(見附)” 程度の小さな里と聞いて) | ||
いとゞ旅寝ぞ 空恐ろしき | (こんな里で泊まるのは恐ろしい気がする) |
越えくらす 麓の里の 夕闇に | (小夜の中山を越えて泊まることになった麓の里の夕闇の中を) | ||
松風おくる 小夜の中山 | (小夜の中山から松風が吹き下ろしてくる) |
雲かゝる 小夜の中山 越えぬとは | (もう既に、雲のかかる小夜の中山を無事越えましたよ) | ||
都に告げよ 有明の月 | (都に知らせてください、有明の月よ) |
渡らむと 思ひやかけし 東路に | (東下りをすれば必ずや渡ることになるだろうと) | ||
ありとばかりは 菊河の水 | (しばしば “聞いていた(菊)” 川よ) |
思ひ出づる 都のことは 大井川 | (思い出す都のことが “多い(大井)” 川よ) | ||
いく瀬の石の 数も及ばじ | (河原の石も多いが、思い出すことの方がもっと多い) |
我が心 うつゝともなし 宇津の山 | (我が心は「旅は現実ではない(“うつつ”)」と思いながらも、実際には宇津(“うつ”)の山を旅している) | ||
夢路も 遠き都 恋ふとて | (夢の中ではいつも遠い都を恋しく思っています) | ||
蔦紅葉 時雨ぬひまも 宇津の山 | (宇津の山の蔦も紅葉も、時雨で赤く見えます) | ||
涙に袖の 色ぞこ焦がるゝ | (一方、我が袖の赤色は、涙で濃くなっていきます) |
なほざりに 見る夢ばかり 仮枕 | (少しばかり枕を借りて昼寝します、夢を見るでしょうか) | ||
結びおきつと 人に語るな | (誰かと契りを結んで “おきました(興津)” だなど、夢にも人に言っては(“告げ(黄楊)”)てはいけません) |
清見潟 年経る岩に 言問はん | (清見潟にある古そうな岩に聞いてみよう) | ||
波のぬれぎぬ 幾重ね着つ | (恋の濡れ衣ならぬ、波の濡れ衣を何回着たことか) |
習はずよ よそに聞きゝこし 清見潟 | (経験したことがありません、都でもその名を聞いたことのある清見潟) | ||
荒磯波の かゝる寝覚めは | (その清見潟の荒磯 “波の(かかる=このような)” もの凄い音に寝覚めてしまいます) |
誰が方に 靡き果ててか 富士の嶺の | (富士山は誰の方に煙を棚引かせるようになったのでしょう) | ||
煙の末の 見えずなるらむ | (噴煙はちっとも我の方からは見えなくなりました) |
いつの世の 麓の塵か 富士の嶺の | (いつの時代からか、麓の塵が積もりに積もって) | ||
雪さへ高き山と なしけむ | (雪さえ降り積もる高い山になったのか) | ||
朽ち果てし 長柄の橋を 作らばや | (腐って壊れた(淀川に架かる)長柄の橋のように古い物は、新しく作り替えたいものだ) | ||
富士の煙も たゝずなりなば | (富士山の噴煙も出なくなったのなら) |
さえわびぬ 雪より下ろす 富士河の | (ひどく寒くて辛い、雪の山頂から吹き下ろしてくる風が渡る富士川よ) | ||
川風凍る 冬の衣手 | (川を渡る風に冬の衣装を着ていても凍り付く) |
心から 下り立つ田子の 海人衣 | (自ら手を下して作業するのは、田子の浦の海人も、我も同じ) | ||
干さぬ恨みも 人にかこつな | (海人の袖の乾く間もないという恨み(“(田子の)浦”み)も、和歌で忙しいという恨みも、人のせいにしてはいけない) |
あはれとや 三島の神の 宮柱 | (健気だと言ってくれるでしょうか、三島の神様も) | ||
たゝこゝにしも 巡り来にけり | (ただこの宮に詣でるためだけにやって来たのです) | ||
自ずから 伝えし跡も あるものを | (我らが伝えてきたことは沢山ある) | ||
神は知るらむ 敷島の道 | (神も見ていてくれたでしょうか、我らがやってきた正しい歌道の道を) | ||
訪ね来て 我が越えかゝる 箱根路に | (参拝の後、我らは箱根の難路を越えようとしています) | ||
山の甲斐ある しるべをぞとふ | (山越えの苦難の甲斐があるように道案内をお願いします) |
玉くしげ 箱根の山を 急げども | (「玉くしげ」は箱根の枕詞 箱根の山に急いで向かいます) | ||
なほ明け難がき 横雲の空 | (歩けどもまだまだ夜は(“箱は”)明けない、ようやく空に横雲が見えてきた) |
ゆかしさよ そなたの雲を そばだてて | (好奇心を誘います、山際に雲をそびえたつようにしている) | ||
よそになしつる 足柄の山 | (今回は通らないことにした歌枕で有名な足柄山よ) |
東路の 湯坂を越えて 見渡せば | (東国へ向かう湯坂を越えて見渡すと) | ||
鹽木流るゝ早川の水 | (藻塩木が流れる早川が見えます) |
海人の住む その里の名も 白波の | (海人の住む里の名を尋ねても誰も “知らない(白)” 波が) | ||
寄する渚に 宿やからまし | (寄せる渚に宿を借りたいものだ) |
浦路行く 心細さを 波間より | (海岸沿いの道を進む(“月の細さと同じくらいの”)その心細さを、波の間から) | ||
出でて知らする 有明の月 | (知らせようと出ている有明の月よ) |
あま小舟 漕ぎ行く方を 見せじとや | (海人の小舟が漕いで行く方向を見せまいとするのか) | ||
波に立ち沿う 浦の朝霧 | (“立っている” 波の上に “立ち上る” 浦の朝霧よ) |
立ち別れ 世も憂き波は かけもせじ | (都に住む愛する人々と別れて、こんなにも辛い “旅(波)” はしなくても済んだのに) | ||
昔の人の 同じ世ならば | (もし夫が生きていて同じ世で生活できていれば) |