(東京から引っ越してきた人の作った京都小事典)

延喜天暦(えんぎ、てんりゃく)の治(ち)           (INDEX:索引へ)


60醍醐・62村上の治世を「延喜天暦の治」と称し「聖代として賛美」する風がある。我々も歴史の授業でそう習った。
「それは真実か」という観点で調べてみた。
以下天皇名については、誤解を招かない個所では「天皇・上皇」を省略し「代数(2桁の数字)」を接頭させる。

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上段:天皇の在位期間  下段:摂政or関白の任官期間  (共に長さは概数、背景青色=摂関政治時代)

菅原道真藤原忠平醍醐天皇の後山科陵村上天皇の村上陵
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昌泰2年(899)60醍醐の右大臣(同年時平左大臣)延長2年(924)60醍醐の左大臣(後62村上の関白)天智天皇山科陵に因むほど由緒のある名前だが、そこそこ離れている。醍醐に近い「醍醐の陵」「福王寺」から山道を10分程歩く。「その名も村上陵」