京都の街角写真

太子道           (INDEX:索引へ)


名前から「聖徳太子がよく通ったとされる太秦広隆寺への参詣道」と考えられている。

これが現在どこを指すのか、昭和3年(1928)の京都市告示以来、諸説ぷんぷんである(参照:旧二条通)。

ここでは「旧二条通」を『東は千本通の元出世稲荷神社を起点とし、「新太子道」の1本北側を通り、西は「西大路太子道」(で合流)を終点』としたので、

「太子道」は(その続きの)『「西大路太子道」から「新太子道」の1本北側を通り、西は「太秦三条」(で合流)を終点』とした。


それでも明確でないところは「YahooのMap」が詳しいので(正確かどうかは二の次にして)これを参考にした。

clickすれば大きな画像
(左の赤色)=太子道    (右の青色)=旧二条通    (さらに右の茶色)=竹屋町通    (一本南の桃色破線)=新太子道(御前通〜天神川)

  直接飛ぶのなら 木辻  葛野大路  天神川
北側東西位置南側
西大路太子道」から「太子道」を望む



なんとなく「細い道」で心細くなる。
clickすれば大きな画像 一方、もう一本南の「新太子道」は市バス27番が運行する大きな通りである。

(撮影:2019/11/12)
「朱雀第八小学校」

昭和12年(1937)創立

(写真のように)正門は「佐井西通」に面している。

(佐井西東入ル)

(撮影:2019/11/12)
clickすれば大きな画像 西大路西入ル

木辻東入ル



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clickすれば大きな画像 「古蹟壷井地蔵尊」

行基が発見したと伝えられる壷井。この水で薬を飲むと疫病によく効くとのこと。
西土手刑場(西大路旧二条の北東)で斬首される囚人が末期の水を遣ったとも。

(佐井東入ル)

(撮影:2019/11/12)
「花園大学」

「妙心寺」内の「般若林」に始まり、昭和24年(1949)花園大学仏教学部を開設した。「馬代通(正門)」「西小路通」「太子道」に囲まれている。

(馬代西入ル)

<平安>藤原成季

(撮影:2019/11/12)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「壷井地蔵堂」

元は朱雀八中の敷地内(太子道北側)にあったが中学建築のため南側に移設された。
太秦参詣者が多く立ち寄った茶所の石碑が残る(写真)。

(佐井西東入ル)

(撮影:2019/11/12)
きもの処「大幸」

昔は地元で需要があったのでしょうが、今は時折閉めている。

(西小路西入ル)

<平安>月輪寺所領

(撮影:2019/11/12)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「吉川写真館」

街の写真館。記念写真を撮りに来る地元民をサポート。

(西小路西入ル)

<平安>月輪寺所領

(撮影:2020/7/2)
北側東西位置南側
「中安皮膚科診療所」

皮膚科専門医らしいが、一応内科・小児科も診るらしい。

この先クランクしているのが見える。

(木辻西入ル)

<平安>章博領

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 木辻西入ル

葛野大路東入ル



この間は小さく2回クランクする。
東西の通りとは言い難い。


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clickすれば大きな画像 「弁天湯」

昭和3年(1928)築の洋風建物で営業。
今も営業しているのか。

(木辻西入ル)

<平安>藤原通俊

(撮影:2020/7/2)
「田中双龍堂」

小さく1回目のクランクをした後、東西の道になって「北側」にある。
看板に京堆朱(ついしゅ)とあり「漆塗りの伝統工芸士」らしいが、詳細は不明。

<平安>右馬町

(撮影:2019/11/12)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「でぐち米穀店」

小さく1回目のクランクをしたすぐ後、東西の道の「南側」にある。
創業65年で高級料亭へも卸しているらしい。

(撮影:2019/11/12)
「ラ・ロワ・ド・ボヌール」

小さく2回目のクランクをした後、新太子道に合流して、「新太子道の北側」にある。
昭和プリン好評とある。

(葛野大路東入ル)

<平安>藤原安頼領

(撮影:2019/11/12)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 バス停「馬塚町」

小さく2回目のクランクをした後、新太子道に合流して、「新太子道の南側」にある。
ここは「新太子道」と重なるので、市バス27番が通る。

(葛野大路東入ル)

(撮影:2019/11/12)
北側東西位置南側
「安井念仏寺」道

クランクするところを北に入ると『殷富門院安井御所の念仏堂』を引き継いだ浄土宗「法雲山念仏寺」に行ける、ということで「念仏寺道」とした。

(葛野大路西入ル)

<平安>右近衛府所領

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 葛野大路西入ル

天神川東入ル



この間は1回大きくクランクする。
東西の通りと言うより
南北の通りになっている。


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clickすれば大きな画像 「山ノ外スタジオ」

全く個人宅にしか見えないが、旧「山ノ内造形室」のアーティスト(彫刻、染織など)が立ち上げた。
名前がユニーク

(葛野大路西入ル)

<平安>右兵衛府所領

(撮影:2020/7/2)
「中沼アートスクリーン」

クランクして南北の通りになった後、再度クランクして「東西の道の北側」にある。

スクリーン印刷の専門会社。

(天神川東入ル)

(撮影:2019/11/12)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「骨董屋」

「新古道具」(仏像らしいものも飾っている、写真)とか「古美術ギャラリー呉藍」などの看板が見えるが、実態は不明。

(天神川東入ル)

(撮影:2020/7/2)
北側東西位置南側
「お肉のスーパーやまむらや」本店

創業40年の「焼肉やバーベキュー用のお肉の専門店」。

(天神川西入ル)

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 天神川西入ル

太秦三条東入ル



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clickすれば大きな画像 「大日本印刷京都工場」

現在は「DNPテクノパック」(分社化)になっている。
大日本印刷(DNP)は明治9年(1876)創業の大企業。

(天神川西入ル)

(撮影:2020/7/2)
「洋食のチコレ」

住宅街に佇む洋食店。ワンプレートで配膳される。地元民のランチ場所。

(天神川と蚕ノ社の間)

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「大日本印刷京都工場」の物流門

DNPの工場は広い。この界隈南側はずっとDNP。この物流門が西のはずれとなる。

(天神川と蚕ノ社の間)

(撮影:2020/7/2)
「蚕ノ社」

正式には「木嶋坐天照御魂神社」。でも多くの人はかいこのやしろ通称する。
三柱鳥居は不気味。秦氏との関係が深そう。

(天神川と太秦三条の中間)

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「ふれあいカフェ」

「京都民医連中央病院」が運営する「認知症関連の方を支援するカフェ」。「会員制」の札が出ている。

(蚕ノ社と太秦三条の間)

(撮影:2020/7/2)
「米林眼科」

街の眼医者。

少し先には「ワケタ整形外科」もある。

(太秦三条東入ル)

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「生活雑貨Z.O.Z」

どちらかと言うと「カントリー雑貨」の店。
入口は「三条通」にある。

(太秦三条東南角)

(撮影:2020/7/2)
「太秦三条」


北西へ上ってくる「三条通」と合流する(写真、自転車で走っている道が三条通)。
clickすれば大きな画像 商店街の名前は「三条太秦繁栄会」

この先もう少しで聖徳皇太子殿である広隆寺

(撮影:2020/7/2)