76.法性寺入道前関白太政大臣
藤原忠通 上の句順 下の句順
(INDEX)
わたのはら |
こきいててみれは |
ひさかたの |
くもゐにまかふ |
おきつしらなみ |
和田の原 |
こぎ出てみれば |
久堅の |
くもゐにまがふ |
奥津白波 |
和田の原 |
漕ぎ出てみれば |
久堅の |
雲居にまがふ |
奥津白波 |
- ■歌について
- 崇徳院内裏歌合「海上遠望」の歌題で詠った叙景歌。
- ■出典
- 詞花集雑下
- ■作者略歴
- 1097ー1164。父藤原忠実(関白)と不和になり、氏長者を奪われたが、保元の乱で弟頼長を倒し、後白河天皇のとき再び氏長者となった。円観と号し、貞信公(藤原忠平)の法性寺脇に出家した。書をよくし、法性寺流の祖となった。
- 【補】
- 法性寺については(似た名前が多いので)こちらにまとめた。法性寺を建立したのは「藤原忠平」だが、「法性寺」と呼ばれるのは(寺を拡充した)「藤原忠通」。
- 藤原忠通はあちこちに移り住んだ。菅原院、勘解由小路烏丸第など。