95.前大僧正慈円

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おほけなく  うきよのたみに  おほふかな  わかたつそまに  すみそめのそて
おほけなく 浮世の民に おほふ哉 わがたつ杣に すみぞめの袖
おほけなく 浮世の民に おほふ哉 我が立つ杣に すみぞめの袖

■友札 逢事の
大江山
■親族歌人  藤原忠通の子
藤原良経の叔父

■歌について
西行に問いて「密教を学び賜はばまづ和歌を詠み習ひ給ふべし」と曰れ、以来西行の風体を追った。後に新古今調に近づく。この歌も形式的には、三句切、名詞止めとなっている。この歌により「わがたつ杣」が比叡山を指すようになった。
■出典
千載集雑
■作者略歴
1155-1225。関白後法性寺九条兼実の弟。延暦寺青蓮院門主覚快法親王の弟子になり、後に四度天台座主になる。吉水和尚ともいわれる。歴史書「愚管抄」の著者でもある。
【補】
慈円は青蓮院の門主を務め、その後善峰寺に移った。安養寺の命名者でもある。安養寺で亡くなったようで「安養寺宝塔」が墓という伝承が残っている。
慈円の歌も有名で、徒然草(賀茂の岩本社)の中でも引用されている。
西行とも交際があったようです。