京都の街角写真

醒ケ井通           (INDEX:索引へ)


なぜか「六角通」から始まる南北道。しかも「五条通」で終わってしまうので短い。
全般的に道は細く、市バスは走っていない。良くも悪くも醒ヶ井(左女牛井)の道か。他に特徴は無い。

【森谷】北は「六角通」から南は「五条通」に至る。五条通以南は、先の戦争の疎開で拡張された堀川通と合流してなくなった。
途中、堀川高校で中断。全長約1.1km。
茶匠村田珠光の好んだ名水左女牛井にちなむ。


  直接飛ぶのなら  四条
西側南北位置東側
「三浦太幸堂」

寛政年間(1789〜)創業
日本太鼓総製造元を謳っており、各種「太鼓、雅楽用楽器」を造っている。

(六角下ル)

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 六角下ル

蛸薬師上ル
clickすれば大きな画像 「小堀遠州屋敷」跡

茶人・作庭師でもある小堀遠州(1579〜1647)の屋敷があったところ。江戸末期から町人が引き継いだ。

(六角下ル)

(撮影:2017/4/9)
「堀川高」

「蛸薬師通」から「錦小路通」間には、堀川高が南北道を遮っている。
clickすれば大きな画像 明治41年(1908)創立の「堀川高等女学校」から、昭和23年(1948)の学制改革により「音楽課程」を持つ共学校に。

現在「音楽科」は「堀川音楽高等学校」に発展分離。

(撮影:2017/4/9)
西側南北位置東側
「道祖神」

京都には珍しい。この地区は「お地蔵さん」でなく道祖神が町の子供たちを守っているようです。理由は不明。

(錦小路下ル)

<平安>昭登親王

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 錦小路下ル

四条上ル



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clickすれば大きな画像 古い町屋が並ぶ

この界隈は極めて道が狭い。
そのせいか、古い町屋、仁丹印の「町名表示板」も多く残っている(下の写真)。

(錦小路下ル)

<平安>昭登親王

(撮影:2017/4/9)
割烹居酒屋「木春」(きはる)

カウンター、奥に座敷。落ち着いたいい店です。
この日は来客が多く、入店を諦める程でした。

(四条上ル)

<平安>昭登親王

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「醒ヶ井」

「亀屋良長」(四条通醒ヶ井角)の「醒ヶ井通」側にお店で使っている「醒ヶ井」が流れています。

(四条上ル)

<平安>昭登親王

(撮影:2017/4/9)
西側南北位置東側
写真館「リトルベアー」

七五三・十三参り・成人式・卒業式など記念写真撮影のお店。

(四条下ル)

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 四条下ル

五条上ル



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clickすれば大きな画像 「胡乱座」(うろんざ)

明治30年(1897)に棟上げされた典型的な町屋で、「登録有形文化財」。現在は誰でも利用できるGuestHouse。

(綾小路下ル)

<平安>藤原俊憲

(撮影:2017/4/9)
「金澤染織色標本製作所」

看板に「美術織物染色見本」とある。見本とか標本を作っているらしいが、詳細は不明。看板の文字が良い。

(仏光寺上ル)

<平安>藤原俊憲

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 堤境山「観音寺」

延暦7年(788)創建で本尊は最澄作の十一面観音。その後「三寶大荒神」を勧請したことで、江戸の頃から「清荒神社」とも呼ばた。

(仏光寺下ル)

(撮影:2017/4/9)
美術蒔絵「下出蒔絵司所」

大正4年(1915)開業。現在は三代目「下出祐太郎」(学術博士)が蒔絵技術を継承し、「京都迎賓館」にも作品を納めています。

(松原上ル)

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「住吉神社」

保元2年(1157)藤原俊成が勅命により建立、歌道の神様として知られる。境内には柿本人麻呂を祀る「人丸神社」も。

(高辻下ル)

(撮影:2017/4/9)
bar「AJITO」(バールアジト)

創作イタリアンのワインバー。
雰囲気は良さそう。

(松原下ル)

<平安>三善清行

(撮影:2017/4/9)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「醒泉小」

明治2年(1869)「13番組小学校」に始まる伝統小学校。平安前期の学者三善清行の屋敷があったとする石碑が。

(松原下ル)

<平安>三善清行

(撮影:2017/4/9)
「左女牛井」


「醒ヶ井通」の名の元となった「井戸」。
clickすれば大きな画像 戦後「堀川通」の拡張で
「醒ヶ井通」が消えて

「左女牛井」は「堀川通五条下ル」になった。

(撮影:2017/4/9)