(東京から引っ越してきた人の作った京都小事典)
(司馬遼太郎の)「街道をゆく」と京都
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大悲山峰定寺 | 常照皇寺 | 周山 |
「本堂まで」は「ひたすら登る」必要がある。登れば「一流の風景」が見られる | 「山林の中の石段」を登ったところに「勅額門、勅使門」がある | 「周山街道」と「山国街道」を繋いで走るバス。桜の頃は長閑 |
叡山の諸道(from朝日文芸文庫) | 赤山禅院 | 泰山府君 |
本来「明神」であるのを、明治の神仏分離令から逃れるために「禅院」に変えた。石標には(本来の)「明神」とある | 左の「明神」の「本殿」(写真)に泰山府君は祠られている。木札には「皇城表鬼門」とある |
曼殊院 | 聚楽第 | |
「曼殊院はその門へ接近してゆく道からして能でいう橋掛のような感じがする」と記述 | 「庫裏」の「額」には「媚竃」の文字が刻まれている | 当時はこんな姿だったらしい(「NHK」のテレビ放映から)。遺構は飛雲閣で見られる |
森嘉 | 渡月橋 | 松尾大社 | 車折神社 |
「京都の豆腐」は今でも“地豆腐”だと私は思う。京都にもいろいろな豆腐がある | 司馬さんは「低目の位置に渡月橋の一線があり、黄金分割になっている」と書く | 社務所の裏にはよみがえりの水「亀の井」がある | 同行の須田画伯は足をすくませて「いやな色ですね」といったとある |