(東京から引っ越してきた人の作った京都小事典)

アルバム           (INDEX:索引へ)


(1)他のページに掲載していない、(2)他のページから「写真リンク」したい
写真を掲載しています。順不同(登録順)

鷹ヶ峰と鷲ヶ峰オグロ坂峠鳥居本「つたや」鯖街道:水坂峠越え蹴上船溜り蹴上浄水場
京都水族館嵯峨嵐山文華殿伏見桃山城河井寛次郎資料館鳥戸野陵花園西陵
大神宮橋尺八の北原精華堂小嶋提灯店冬の「北山杉」京都観世会館茶寮都路里
ぎをん小森村上重本店志る幸奥伊根温泉油屋別館舞鶴赤れんがパーク長谷川松寿堂
鶴屋壽甘春堂東店京極スタンド中村屋の「助六」末廣壽司の「むしずし」柚子屋旅館
岡崎天王町冠称町名「岡崎」牛尾観音音羽の滝和泉式部の墓(木津川)細辻伊兵衛(四条)
上賀茂神社の岩本社月桂冠大倉記念館古今伝授の間桃山幼稚園小野毛人の墓原谷苑の桜
京すだれ「西河」花かんざし京都橘大学種智院大学京都おはし工房常久刃物店
大原地図呂川大原村道路元標山田牧場桟敷ヶ岳「甘南備山」の山頂近く
金剛童子山頂避難小屋三角点「笠置山」「鷲峰山」山頂地図三国峠三府県境「三国塚」福井県境にある「三国岳」
桃山福島太夫町西京極総合運動公園京都アクアリーナ植藤造園山科の一里塚町花火
円融天皇陵本能寺の変−行軍の道君尾山光明寺丹後高山久美浜湾大江山の支峰「鍋塚」
鉄鈷山三岳山「三嶽神社」醫王山多禰寺西国第二十九番札所「松尾寺」鬼ヶ城金峰神社(弥仙山奥宮)
頭巾山烏帽子古城跡碑納所小学校胎金寺山平屋富士雲取峠
舞鶴の建部山城丹国境尾根の山鞍馬山金比羅山竜王岳田尻廃村
船山愛宕山は月参り文覚上人墓金毘羅神社(牛松山)双ヶ岡古墳群白幽子厳居之跡(瓜生山)
淳和天皇陵乳の泉(鴻応山)地蔵院(大焼山)源頼光の蜘蛛塚涌出宮(三上山)最北端は依遅ヶ尾山
売布神社(女布権現山)双耳峰の由良ヶ岳鬼そば(江笠山)長老ヶ岳三峠山砥石山
美女山半国山の不動明王像「丹波・摂津 国界」標石大悲山小倉山山としての「嵐山」
霊仙ヶ岳福知山の大文字山亀岡の八ッ尾山八木町の千歳山・三頭山宇治の明星山篠村八幡宮(みすぎ山)
西山古道(釈迦岳)田原天皇社跡(大峰山)宇治田原町の御林山京都市地下鉄烏丸線「鞍馬口駅」琵琶湖疏水「一之橋」「北大路橋」の北側
後一条天皇陵花園天皇陵菓子木型植彌加藤造園清水焼団地ラクト
GSユアサ松尾神社 天照皇大神宮観空寺天皇の杜古墳牛ヶ瀬公園五所神社
京阪本線「墨染駅」出世稲荷神社山陰道に関する地図山科の「八ツ橋」屋同志社啓明館同志社アーモスト館
同志社女子大学ジェームズ館京都市学校歴史博物館近鉄澱川橋梁明智薮上三栖公園南大内小学校
洛南高校柏屋光貞七本の群生松パビリオンコート

鷹ヶ峰と鷲ヶ峰(天ヶ峰を併せて「鷹峯三山」という)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
左=鷹ヶ峰(260m、別名=兀山(はげやま)
右=鷲ヶ峰(314m、北区大北山)
光悦寺あたりからは左のように見える。さらに右奥に「天ヶ峰(466m、別名=桃山)」がある

先頭へ
オグロ坂峠
clickすれば大きな画像
870m、八丁平の北の入口、京都百名山「041峰床山」(970m)の東稜線、左京区久多下の町。「根来坂越え」はここを通る

先頭へ
鳥居本「鮎の宿つたや
clickすれば大きな画像
鳥居本には「鮎よろし平野屋」と「鮎の宿つたや」が2軒並ぶ

先頭へ
鯖街道:水坂峠越えの若狭熊川宿
clickすれば大きな画像
2002−9−22撮影

先頭へ
琵琶湖疏水の「蹴上船溜り」日向大神宮の大神宮橋から望む、山科区日ノ岡)
clickすれば大きな画像
九条山ポンプ場前が「船溜り」になっていた。昔はここで水遊びをした

先頭へ
京都市上下水道局蹴上浄水場(東山区粟田口華頂町)
clickすれば大きな画像
毎年連休の躑躅の季節に公開される。南禅寺の先に大文字山、その左は比叡山

先頭へ
京都水族館(下京区観喜寺町)
clickすれば大きな画像
梅小路公園の中に、平成24年(2012)開業した。展示「京の川」が面白い

先頭へ
嵯峨嵐山文華殿(右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町)
clickすれば大きな画像
昔は『小倉百人一首殿堂「時雨殿」』という名称だったのですが・・・

先頭へ
伏見桃山城(近鉄丹波橋駅(伏見区桃山筒井伊賀東町)から望む)
clickすれば大きな画像
昭和39年(1964)建造。踏切の先に「桃山羽柴長吉東町」などがある

先頭へ
河井寛次郎資料館(東山区五条坂鐘鋳町)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
資料館の中に入ると、寛次郎の暮らしぶりがわかる。何回訪れても飽きない 資料館2階は「寛次郎思索の場」になっていて、居心地の良い家具が並んでいる

先頭へ
鳥戸野陵(東山区今熊野泉山町)
clickすれば大きな画像
清少納言が仕えた一条天皇皇后「定子」の墓。「とりべの の みささぎ」と読む

先頭へ
花園西陵(右京区花園扇野町 )
clickすれば大きな画像
待賢門院の墓。宮内庁「藤原璋子花園西陵」との石碑が立っている

先頭へ
大神宮橋(左京区粟田口大日山町 )
clickすれば大きな画像
蹴上船溜りの脇に架かる橋、これを越えると日向大神宮大日山へ行ける

先頭へ
尺八制作の北原精華堂
clickすれば大きな画像
中京区室町通夷川上ル

先頭へ
小嶋提灯店
clickすれば大きな画像
東山区今熊野椥ノ森町

先頭へ
冬の「北山杉」
clickすれば大きな画像
北区小野(通称=小野郷)あたり(撮影:宮下、2011年12月)

先頭へ
京都観世会館
clickすれば大きな画像
岡崎公園、国立近代美術館の南側(岡崎疏水を渡って)にある

先頭へ
茶寮都路里
clickすれば大きな画像
祇園辻利が運営する甘味処「茶寮都路里 祇園本店」。いつも女性で大混雑

先頭へ
甘味どころぎをん小森
clickすれば大きな画像
辰巳大明神の傍、白川の畔、これまた女性が大行列

先頭へ
京つけもの村上重本店
clickすれば大きな画像
下京区西木屋町四条下ル。11月〜3月限定の千枚漬が絶品。「丸に十の字」

先頭へ
志る幸
clickすれば大きな画像
四条河原町上ル一筋目東入。昭和7年(1932)創業。その昔は「本当に汁だけ」を提供する店だった

先頭へ
奥伊根温泉油屋別館 和亭
clickすれば大きな画像
伊根観光のついでに、新鮮な「蟹、鰤」が食べられる

先頭へ
舞鶴赤れんがパークにある「赤レンガ倉庫群」
clickすれば大きな画像
旧舞鶴海軍軍需部本部地区に12棟並んでいる(重要文化財、近代化産業遺産)

先頭へ
長谷川松寿堂
clickすれば大きな画像
大正8年(1919)「色紙・短冊・和紙工芸品」の製造業として創業。姉小路通堺町西入ル

先頭へ
鶴屋壽
clickすれば大きな画像
昭和23年(1948)創業。右京区天龍寺車道町。ここのさ久ら餅は通年販売

先頭へ
甘春堂東店
clickすれば大きな画像
甘春堂の支店。豊国神社から延びる「正面通」にある。ここは「店内」で甘味が食べられる

先頭へ
京極スタンド
clickすれば大きな画像
新京極商店街にある「京極スタンド」。12:00から飲めるので重宝している

先頭へ
中村屋の「助六」
clickすれば大きな画像
電話注文した「助六」を店に取りに行くと、座敷に並んでいる。包み紙もGood

先頭へ
末廣壽司の「むしずし」
clickすれば大きな画像
この店に行ったら是非「むしずし」を。暖かくて美味しい

先頭へ
柚子屋旅館
clickすれば大きな画像
東山区祇園町八坂神社南隣。お昼は「柚子雑炊膳」が頂ける

先頭へ
岡崎天王町
clickすれば大きな画像
大文字から岡崎を眺めると、こんな風に見える。「文殊塔」は黒谷、「大鳥居」は平安神宮

先頭へ
冠称町名「岡崎」
clickすれば大きな画像
岡崎を例に、冠称地区名「岡崎」(青色)と、単独町名「黒谷町」(赤色)を、GoogleMap上に示した

先頭へ
牛尾観音
clickすれば大きな画像
京都百名山「079音羽山」(593m)の中腹にある「牛尾山法厳寺」の通称。住所は「山科区音羽南谷」になる

先頭へ
音羽の滝
clickすれば大きな画像
牛尾観音の近く(山の中)にある。でも住所は「山科区小山長尾」になる(撮影:宮下)

先頭へ
和泉式部の墓(木津川)
clickすれば大きな画像
和泉式部の墓はいくつかある、なぜ木津川にあるのか明確な根拠はない、大和守藤原保昌の関係か

先頭へ
細辻伊兵衛(四条)
clickすれば大きな画像
町屋手拭を買うなら、いくつもShopはあるが、観光客には「四条店」が一番買いやすいか(四条通河原町西入ル御旅町34)

先頭へ
上賀茂神社の岩本社
clickすれば大きな画像
上賀茂神社の境内末社の一つ。在原業平を祀っている。徒然草にも出てくる

先頭へ
月桂冠大倉記念館
clickすれば大きな画像
この界隈は「酒蔵」が立ち並ぶ。濠川(宇治川派流)の岸辺にも。住所は「伏見区南浜町」

先頭へ
古今伝授の間
clickすれば大きな画像
細川藤孝が八条宮智仁親王に「古今和歌集解釈の奥儀を伝授した」建物=「古今伝授の間」、その「ゆかりの地」(長岡天満宮境内)にこの石碑が建てられた(2013年)。「温故知新」の揮毫は元首相・細川護熙

先頭へ
伏見区にある桃山幼稚園
clickすれば大きな画像
日本聖公会桃山基督教会が設置した「桃光保育園」を幼稚園に改組して開園した。御香宮神社の門の近くにある。木造の園舎にとても温かみを感じる

先頭へ
小野毛人小野篁の先祖)の墓
clickすれば大きな画像
崇道神社の奥にある。写真は道標で、実際の墓はここから「140m登ったところ」、ご丁寧に「杖」が用意してある

先頭へ
原谷苑の桜
clickすれば大きな画像
原谷苑の桜は有名だが、入園料が高くて混雑するので「外苑」から見る桜で我慢(住所:北区大北山原谷乾町36)

先頭へ
京すだれ「西河
clickすれば大きな画像
伝統的な「すだれ」を買うなら、天保2年(1831)創業の西河で

先頭へ
花かんざし
clickすれば大きな画像
舞妓さんの付ける「髪飾り」。金竹堂の店内をガラス越しに撮影した

先頭へ
京都橘大学
clickすれば大きな画像
かつては「女子大」だったが、平成17年(2005)男女共学化した。山科にあり、中高を併設している

先頭へ
種智院大学
clickすれば大きな画像
空海の綜芸種智院の流れを汲む密教系の小さな大学。昭和24年(1949)設立(伏見区向島西定請)

先頭へ
京都おはし工房
clickすれば大きな画像
日本で唯一の誂え御箸専門店。なぜか「めだか」も販売している(右京区花園天授ヶ岡町)

先頭へ
常久刃物店
clickすれば大きな画像
四条通にある刃物屋の名店、創業寛永8年(1631)。3階に移転したので見つけ難くなった。我家の鋏はここで買った(50年以上使い続けている)

先頭へ
大原地図
clickすれば大きな画像
京都百名山「072大尾山」(681m)から流れる水は音無の滝を経て律川になり三千院の脇を流れる。
来迎院呂川律川の挟まれた位置にある。
さらに律川の北側に勝林院後鳥羽天皇陵がある。

先頭へ
呂川
clickすれば大きな画像
大原には「呂律が廻らない」の語源となった「呂川」と「律川」が流れている

先頭へ
大原村道路元標
clickすれば大きな画像
旧「大原道」三千院前の呂川を渡るところに「村の道路元標」がある

先頭へ
山田牧場
clickすれば大きな画像
京都の街中に(北区紫竹下長目町)牧場とは。一瞬驚くが、信楽山田牧場の牛から搾った牛乳のみを販売する店。結構「京都市民」の人気は高い

先頭へ
京都百名山「047桟敷ヶ岳」(896m)
clickすれば大きな画像
平成4年(1992)12月13日、登頂した。「三角点」の写真は撮り損ねた

先頭へ
京都百名山「096甘南備山」(221m)の山頂近く
clickすれば大きな画像
(京田辺市の資料から、南北逆向きです)
山頂は「雄山(221m)、甘南備神社のあたり」(赤丸印)
甘南備山の「二等三角点(201.6m)」は「北の雌山」(紫丸印)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
延喜式に出てくる「甘南備神社」。山自体が「神の山」とされる。相当に古い。京都百名山「096甘南備山」(221m)の山頂にある 甘南備山の「二等三角点(201.6m)」(写真)と「山頂(221m)」は位置が異なる。右へ上がれば「ウメの小径(左の地図参照)」

先頭へ
京都百名山「002金剛童子山」(614m)山頂避難小屋
clickすれば大きな画像
金剛童子山の山頂直下に「役行者所縁」の避難小屋が建っている

先頭へ
三角点「100笠置山」(324.2m)
clickすれば大きな画像
笠置山の「三等三角点(324.2m)」(写真)と「山頂(288m)は位置も標高も大きく異なる。三角点石の手前は「保護石」

先頭へ
京都百名山「094鷲峰山」(682m)(山頂付近の)地図
clickすれば大きな画像
鷲峰山の「一等三角点(681.2m)」は「北東の稜線上」にある(紫四角形)。鷲峰山の山頂は「金胎寺付近の標高点(682m)」(赤四角形)

先頭へ
京都百名山「021三国峠」(776m)
clickすれば大きな画像
「三国峠」は福井・滋賀・京都の三府県境でもある。登山口の「朽木生杉」から見上げて見る「山姿」

先頭へ
三府県境「三国塚」
clickすれば大きな画像
滋賀・三重・京都の三府県境にある「三国塚(610m)」。「近江百山」にも選定されている。南側の「月ヶ瀬」近くから望む「山姿」

先頭へ
福井県境にある「三国岳」(616m)
clickすれば大きな画像
京都府だけでも、037三国岳(959m、三角点名「久多村一」)、021三国峠(776m、三角点名「三国峠」)と3つある。この山の三角点名は「三国山」(京都百名山「016養老山」(665m)登山口「黒部」から撮影)

先頭へ
桃山福島太夫町
clickすれば大きな画像
桃山には「戦国武将」の名前の町が多い。「桃山福島太夫」には「東町」「西町」「南町」がある

先頭へ
西京極総合運動公園
clickすれば大きな画像
「陸上競技場(兼球技場)」「野球場(わかさスタジアム京都)」などが集結している。事務所は「西京極新明町」にある

先頭へ
京都アクアリーナ
clickすれば大きな画像
西京極総合運動公園のすぐ南にある、運動公園の一部なのか、独立してているのかハッキリしない。住所は「右京区西京極徳大寺団子田町」となっている

先頭へ
植藤造園
clickすれば大きな画像
天保3年(1832)から植木・造園業をやっている。現在は16代目「佐野藤右衛門」が桜守として名を馳せている。広沢池の東に「大きな土地」を構えている。住所は「右京区山越中町13番地」

先頭へ
山科の一里塚
clickすれば大きな画像
山科の奈良街道沿いに立派な一里塚が残っている。京都市内に唯一現存する一里塚でおおやけ一里塚(山科区大宅甲ノ辻町)と呼ばれている

先頭へ
町花火
clickすれば大きな画像
夏、それぞれの家では、子供にせがまれて「花火」で遊びます

先頭へ
後村上陵(円融天皇陵)
clickすれば大きな画像
福王子から「村上陵」を目指して歩く途中(手前)にあるのが村上天皇の子の「後村上陵」(右京区宇多野福王子町)

先頭へ
本能寺の変−3手に分かれて行軍した道
clickすれば大きな画像
城=亀岡城(明智光秀居城)、首=明智光秀首塚(他にもいくつかある)
@明智越え=水尾、保津峡を越えて行く
A唐櫃越え=(山1=みすぎ山、山2=沓掛山を越えて行く)
B老ノ坂=(山3=大江山(または大枝山、標高480m)を通ったか)

先頭へ
君尾山光明寺
clickすれば大きな画像
京都百名山「017君尾山」(582m)に登る中腹にある「君尾山」。この二王門が国宝、京都で唯一山の中にある国宝

先頭へ
京都百名山「003(丹後)高山」(702m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
高山の中腹にある「内山の大ブナ」(幹周=3.65m、京丹後市の天然記念物) 山頂は眺望がある。ブナの樹越しに見えるのは002金剛童子山、その先に日本海も見える。三角点はない

先頭へ
日本海沿いに拡がる潟湖(せきこ)「久美浜湾」
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
007高竜寺ヶ岳山頂から見る「久美浜湾」(見晴らしが良い) 「久美浜湾」沿いにある「兜山(192m)」。山姿は良いが、ちょっと低い

先頭へ
京都百名山「009大江山」(833m)の支峰「鍋塚」(763m)
clickすれば大きな画像
鳩ヶ峰(746m)の分岐から見る「鍋塚」。大江山の一支峰とした。鳩ヶ峰から南へ進めば、大江山の主峰「千丈ヶ嶽」(833m)に着く

先頭へ
京都百名山「011鉄鈷山」(775m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
登山道の傍らに崖錐 (麓屑面堆積物)が露出している。火山活動で「海底の堆積層」が盛り上がったもの。近くでは「ビカリア化石」も見つかっている 山頂に「三角点」は設置されていない

先頭へ
京都百名山「012三岳山」(839m)の「三嶽神社」
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
三岳山の山頂近くにある「三嶽神社」。まあ山奥です 山は植生豊かです。樹齢400年のトチノキも見られる

先頭へ
醫王山多禰寺
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
京都百名山「014多祢寺山」(556m)の中腹にある「真言宗東寺派」の寺 「多祢寺山」山頂から見る「舞鶴湾」。遠方、左のピーク=024長老ヶ岳(917m)、右のピーク=018弥仙山(664m)

先頭へ
西国第二十九番札所「松尾寺
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
京都百名山「015青葉山」(693m)の登山口にある 青葉山西峰から見る「内浦湾」。「小浜湾」も見える。東峰・西峰にも三角点はない

先頭へ
京都百名山「022鬼ヶ城」(544m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
鬼ヶ城山頂。三角点は設置されていない 福知山駅のホームから「鬼ヶ城」は「左」に見える。右は「烏ヶ岳」(537m)

先頭へ
金峰神社(弥仙山奥宮)
clickすれば大きな画像
京都百名山「018弥仙山」(664m)の山頂にある「金峰神社」。「弥仙山奥宮」とも言われる。こんな状況ですから、山頂に三角点はない

先頭へ
京都百名山「019頭巾山」(871m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂の祠には「権現神社」と名前が付いている 中腹の「横尾峠」には「子安地蔵」が置いてある

先頭へ
烏帽子古城跡碑
clickすれば大きな画像
京都百名山「026烏帽子山」(513m)の山頂に「古城」があったとは信じ難いが、石碑が建っている

先頭へ
納所小学校
clickすれば大きな画像
明治6年(1873)紀伊郡納所校として開校。以降、ずっとその流れを汲んで「納所小学校」になった。「伏見区納所妙徳寺」にある

先頭へ
京都百名山「031胎金寺山」(423m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
中腹の「摩気神社」。石標には「摩気大社」とある 山頂の祠は「役行者」を祀ってあるしい

先頭へ
平屋富士(570m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
「ホサビ山」山頂手前で見た「平屋富士」 京都百名山「038ホサビ山」(750m)および「平屋富士」の登山口にある「平屋神社」

先頭へ
雲取峠
clickすれば大きな画像
緩やかな峠になっていて、写真では「真ん中、奥の方へ」向かう「うっすら」としたルートを辿れば、京都百名山「043雲取山」(876m)山頂に着く

先頭へ
舞鶴の建部山(315m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂近くにある「舞鶴要塞 建部山堡塁砲台跡」。写真は「地下弾薬庫」。いろいろな遺跡が残っている 山頂らしきところだが、標識1つ無い。四等三角点があるらしいのですが

先頭へ
城丹国境尾根の山
「天童山」(775m)京都百名山「045飯森山」(791m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂には「京都一周トレイル」の道標がある。
いずれの山にも三角点はない
山頂の「山名看板」は「飯盛山」とあるが、国土地理院の地図には「飯森山」

先頭へ
京都百名山「054鞍馬山」(580m)
clickすれば大きな画像
山頂と思しき所に「経塚(手前)と白玉龍王大神の塚(奥)」がある。標識・三角点などは何も無い。鞍馬寺「本殿金堂」前には「鞍馬山頂 570m」の案内標が建っている(山頂の認識が私と異なる

先頭へ
京都百名山「055金毘羅山」(573m)「翠黛山」(577m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
写真は、山頂近くにある「三壺大神」。「雨を請い、晴を願い、風止めを祈る」神らしい 大原から見ると『左=055金毘羅山、中央=翠黛山、右=052焼杉山』。「翠黛山」山頂は「看板」のみ
金毘羅山中腹にある「琴平新宮社」金毘羅山登山口にある「江文神社」
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
金毘羅さんですから「琴平の新しい宮」があっても不思議ではない 謂れは難しい。山頂の霊場が現在の地に降りてきて、江文寺ができると、神仏習合したとも。金毘羅山は昔「江文山」と呼ばれていた

先頭へ
京都百名山「057竜王岳」(500m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂および山頂近くには「経塚」が多い。山頂近くからは054鞍馬山鞍馬寺が見える。三角点はない 「平家物語」に後白河法皇が薬王坂(やっこうざか、377m)を越える話が出てくる。最澄も歩いた。京都一周トレイル「北山東部コース」に含まれる

先頭へ
田尻廃村
clickすれば大きな画像
京都百名山「060朝日峰」(688m)に登るときに通る。昔は「林業を生業」にしていた人達が住んでいた村。今も立派な石垣が残る

先頭へ
京都百名山「063船山」(317m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂には「山名看板」が五月蠅いほど架けられている。三角点はない 当たり前だが、五山送り火火床からは眺望が良い。遠くに「大文字 火床」も見える。眼下に見えるのは「京都ゴルフ倶楽部 舟山コース」

先頭へ
京都百名山「064愛宕山」(924m)月参り登山
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
登山口に当たる「二の鳥居」。「一の鳥居」は「鳥居本」にある (17丁目)「火燧権現跡」。これが「火廼要慎信仰」の始まりか
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
「五合目休憩所」。「全50丁」の「30丁目」に当たる。2時間の登りなので、ここで休むのが良い 七合目付近からの眺望。光輝くのは「清滝川」、遠くで光っているのは「広沢池」か
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
柚子風呂・水炊きの「水尾」への分岐点。「水尾山陵(清和天皇陵)参道」と刻してある 「黒門」。ここまで来れば「山頂 愛宕神社」はもうすぐ。阿多古祀符が頂けます

先頭へ
文覚上人墓後深草天皇皇子「性仁(しょうにん)法親王」陵
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
神護寺境内の鐘楼横から細い山道を上ったところに、神護寺を再興した「怪僧文覚の墓」がある。ここから京都百名山「065高雄山」(429m)は近い 文覚上人墓の脇に「陵」がある。性仁法親王は神護寺の興隆に力を注いだ

先頭へ
金毘羅神社(牛松山)和らぎの道
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂(三角点、629m)より高い所に「金毘羅神社」(保津川の船の安全航行を祈る、636m)がある 下山後に丹波国分寺に立ち寄れば、桜の名所・七谷川「和らぎの道」に出会う。背後に京都百名山「068牛松山」(629m)がよく見える

先頭へ
雙ヶ岡1号墳清野夏野の墓
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
京都百名山「070雙ヶ岡」(116m)の上に24基の円墳が散在している。写真の古墳が最大(横穴式石室を持つ) 碑には「清野真人夏野公墓」とある。承和4年(837)没、近くに山荘を持ち「双岡大臣」と称された

先頭へ
白幽子厳居之跡北白川「大山祇神社」
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
白幽子(石川慈俊)は石川丈山(詩仙堂)の弟子になり、天文・医学に通じ、晩年ここに隠居した。禅病に苦しんだ禅僧白隠は、白幽子の「内観の法」で治してもらった(白隠著「夜船閑話」に記されている) 大山祇神社の分社と思われるが、詳細不明。古色蒼然としている。京都百名山「076瓜生山」(300m)の登山口にある

先頭へ
大原野西嶺上陵(淳和天皇陵)
clickすれば大きな画像
(53)淳和の違詔により、大原野西山嶺上に散骨された。この嶺が、京都百名山「088小塩山」(642m)山頂にあたる。幕末になって、山陵に改修された

先頭へ
乳の泉(鴻応山)
clickすれば大きな画像
「市杵島(いちきしま)姫神社」の湧水は「御手洗弁天の水」と言い、乳の出が良くなることから「乳の泉」と通称される。京都百名山「090鴻応山」(679m)の山麓にある

先頭へ
地蔵院(大焼山)
clickすれば大きな画像
京都府「天然記念物」に指定されている地蔵院の桜(開花には早過ぎた)。京都百名山「095大焼山」(429m)の山麓にある

先頭へ
源頼光の蜘蛛塚
clickすれば大きな画像
「大江山酒呑童子討伐」で名を馳せた源頼光が、退治したという土蜘蛛が埋められている「蜘蛛塚」(狂言で有名)上品蓮台寺にある

先頭へ
涌出宮(三上山)
clickすれば大きな画像
天平神護2年(766)に伊勢から勧請された「和伎坐天乃夫支売神社(わきにいます)(あめのふきめのかみ)」、涌出宮(わきでのみや)と通称される。「雨をもたらす神」として知られる。京都百名山「099三上山」(473m)の登山口にある

先頭へ
京都百名山の最北端「001依遅ヶ尾山」(540m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
登山口に当たる「松枝神社」。詳細は不明。麻呂子皇子(聖徳太子の弟)の皇弟を祀ると伝えられる 登山道では「ブナの大樹」を初め、緑豊かな植生が見られる
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂には「役小角を祀っている石室」(左)と「不動尊を祀っている木造の祠」(右)がある 山の西側に降った雨は竹野川を流れて立岩付近で日本海に注ぐ(写真のあたり)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
下山すれば「高島海岸」に近い宇川温泉 よし野の里が待っている 山頂の真南の日本海岸は「丹後松島」という名勝になっている。写真は「犬ヶ岬」

先頭へ
売布神社(女布権現山)道標「女布」
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
「ひめふ」神社と読む。祭神が乗ってこられたという「船石」が置かれている バス停「女布」の脇に建っている道標。はっきり「にょう」とある。ここから京都百名山「005女布権現山」(348m)に登る

先頭へ
双耳峰の京都百名山「008由良ヶ岳」(640m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
東峰(標高点)には「虚空蔵菩薩」が祀られている石積みの祠がある 西峰(三角点)には「説明板」が建てられている
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
東峰(標高点)からは「由良川・粟田湾」が望める 西峰(三角点)からは「天橋立」が望める

先頭へ
鬼そば(江笠山)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
京都百名山「010江笠山」(728m)から与謝峠に下山すれば「鬼そば屋」に立ち寄れる 「殻を挽き込んだ短い蕎麦切り」はなかなか美味い。江戸時代から残って不思議はない

先頭へ
京都百名山「024長老ヶ岳」(917m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
こんな「ブナ森林」が続く。この中を歩いて登る 途中「七色の木」(桂の木に6種の他の木が宿っている)という「京都の自然200選」にも出会います

先頭へ
京都百名山「027三峠山」(668m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂に続く「未舗装林道」。行く手が山頂。後半「道標は無い」が、歩きやすい道が続く 登山口で見つけた「萬亀山 龍心寺」の石柱。立派な石柱の割には、詳細不明。曹洞宗らしいのですが

先頭へ
京都百名山「028砥石山」(536m)
clickすれば大きな画像
山道の脇には「昔採掘していた砥石」がゴロゴロ残っている

先頭へ
京都百名山「029美女山」(482m)
clickすれば大きな画像
登山口の「市森」には「美女の山里」という石碑が建っている。美女山との関係はわからない

先頭へ
京都百名山「034半国山」(774m)の不動明王像
clickすれば大きな画像
山頂には「不動明王像」があるが、「線刻」なので言われないと「何の像」かわからない。石柱には「日本大小神祇」「南無釈迦大仏」とある

先頭へ
「丹波・摂津 国界」標石
clickすれば大きな画像
大阪の「剣尾山」と京都百名山「035横尾山」(785m)の間に、「丹波・摂津 国界」標石(明治10年(1877))がある。確かにこの稜線は今も府境になっている

先頭へ
京都百名山「040大悲山」(741m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
峰定寺」の前から「寺谷川」(写真)に沿って東へ歩き、突然「南稜」に取り付く 山頂には三角点も「何も無い」。小さな「山名札」があって、漸く「山頂とわかる」

先頭へ
京都百名山「071小倉山」(296m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂には「切り株」と小さな「山名札」があるだけで、三角点は無い 天龍寺の西、桂川の北岸にある「嵐山公園」。背後に見えるのが「小倉山」

先頭へ
京都百名山「085嵐山」(382m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山頂には「山名札」があるだけで、三角点は無い 山頂近くの「嵐山城跡」から見る「嵐山の光景」。手前が「桂川」、中間が070双ヶ岡、遠くが、左から073水井山、横高山、074比叡山

先頭へ
京都百名山「087霊仙ヶ岳」(536m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
国土地理院地形図の登山路は荒れていて不明瞭。結構難渋する 山頂からは「亀山北郊」が見える

先頭へ
福知山の大文字山(姫髪山、406m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
姫髪山登山口にある臨済宗医王山長安寺依遅ヶ尾山の松枝神社同様、麻呂子皇子(聖徳太子の弟)に関係しているらしい 山頂近くには「大文字の火床」がある
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
福知山の秋は「午前中は濃霧」。登り始めはいつも心配、頂上に着く頃辺りは雲海。写真は、鬼ヶ城・烏ヶ岳 福知山の秋は「紅葉」。「大文字火床」がよくわかります

先頭へ
亀岡の八ッ尾山(466m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
八ッ尾山の山腹ににある修験宗「楽音寺」。山深い所にある割には、大きなお堂である 八ッ尾山登山口にある「大内神社」。祭神は八重事代主命(女性)。御神木の大杉は周8m、高さ36m

先頭へ
八木町の千歳山(622m)・三頭山(728m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
両方の山の登山口にある真言宗「氷室山阿祇園寺」。神護寺の末寺。「阿」は親しみを込める接頭辞だから、地元で愛される「祇園さん」なのでしょう。この辺は「氷室郷」らしい 同じく「高木文平」(京都商工会議所の初代会長、琵琶湖疏水に尽力し日本最初の市電を走らせた)の生家があって大きな「高木文平翁頌徳碑」が生家前に建っている

先頭へ
宇治の明星山(233m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
明星山山頂は「山名看板」が架かっているだけ。標高も低く、眺望は無い 明星山を通り過ぎて、稜線を詰めていくと日清都カントリークラブ「都コース 4番グリーン」に到着する。勿論入れません

先頭へ
篠村八幡宮(みすぎ山、430m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
山麓には「足利尊氏旗上げの地」で有名な篠村八幡宮がある。写真は「本殿」 境内脇には由緒ある「旗上楊(やなぎ)」が今も「挿し木」で命脈を保っている(亀岡名木100選)

先頭へ
西山古道(釈迦岳、631m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
この辺には「東海自然歩道、近畿自然歩道」があり「道標」が多い。この道標で釈迦岳(正面)にも行ける 昔からの「西山古道」も残っていて、ここは「釈迦岳、善峰寺、柳谷観音」の分岐点

先頭へ
田原天皇社跡(大峰山、631m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
大峰山の登山口に「田原天皇社舊跡」(天智天皇の第七皇子・施基皇子は宇治田原の荒木に移され、後に田原天皇、荒木天皇とも呼ばれた)の石碑が建っている。明治になって近くの「大宮神社」に(移され)合祀された 山頂も三角点もわかり難いからか、「三角点の道標」が建っている(こんな道標は初めて見た)

先頭へ
宇治田原町の御林山(402m)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像
御林山の登山道に「鳥獣供養塔」への脇道が付いている。この供養塔はあちこちで見られる 登山口に「宇治田原町立田原小学校」がある。明治6年(1873)「維孝館荒木小学校」として始まった。立派な(現役で使われている)正門には「維孝館」とある

先頭へ
京都市地下鉄烏丸線「鞍馬口駅」
clickすれば大きな画像
烏丸通沿いにある。住所は「北区小山町」

先頭へ
琵琶湖疏水「一之橋」
clickすれば大きな画像
「師団街道」から「琵琶湖疏水」を渡って「三洋化成」に渡るところに架かる橋。橋の親柱には「いちのはし」とある。住所は「東山区一橋野本町」。近くには「疏水二ノ橋」がある

先頭へ
「北大路橋」の北側
clickすれば大きな画像
「北大路橋」から北側「東岸」は、京都府立大グランド・府立植物園が並ぶ「緑の地区」になっている。住所は「左京区賀茂今井町」

先頭へ
後一条天皇陵(菩提樹院陵)
clickすれば大きな画像
神楽岡」の南端にある。神楽岡には菩提樹が多い

先頭へ
花園天皇陵(十樂院上陵)
clickすれば大きな画像
青蓮院知恩院の間にある。神宮道から見える。昔の「十樂院」(あったらしい)の上に造られた

先頭へ
菓子木型(干菓子)
clickすれば大きな画像
干菓子の「打ち物、押し物」を作る時に使う「木型」。和菓子屋に行けば見られる。写真は甘春堂東店

先頭へ
植彌加藤造園
clickすれば大きな画像
お家の立派なお庭をメンテナンスするなら、ここに任せば間違いない。ただしお金はかかりますよ

先頭へ
清水焼団地
clickすれば大きな画像
「山科区川田清水焼団地町」には清水焼の郷会館がある。周りは「清水焼の陶芸家」ばかり

先頭へ
ラクト
clickすれば大きな画像
正式には「ラクト山科ショッピングセンター」、山科駅前(山科区竹鼻竹ノ街道町)で山科の住民に便を供している

先頭へ
GSユアサ
clickすれば大きな画像
日本電池とYUASAが合併して「大きな電池の会社」になった。本社は「南区吉祥院西ノ庄猪之馬場町」にある

先頭へ
松尾神社 天照皇大神宮
clickすれば大きな画像
GSユアサの工場の脇に残っている神社。由緒不詳。「南区吉祥院中河原西屋敷町」にある

先頭へ
観空寺
clickすれば大きな画像
「右京区嵯峨観空寺久保殿町」の田んぼに残る「一宇の観音堂」。案内だけはしっかりしている。この参道は「行き止まり、通り抜けできません」

先頭へ
天皇の杜古墳
clickすれば大きな画像
「西京区御陵塚ノ越町」にある前方後円墳。古くから文徳天皇の御陵と思われ実際は違う御陵さんと呼ばれていた。冠名も「御陵(ごりょう)」となった

先頭へ
牛ヶ瀬公園
clickすれば大きな画像
桂川西岸にある京都市の「スポーツのできる」公園。「西京区牛ケ瀬林ノ本町」にある

先頭へ
五所神社
clickすれば大きな画像
「西京区下津林楠町」にあるこの神社の本殿(写真)はつい最近、京都市の有形文化財に登録された

先頭へ
京阪本線「墨染駅」
clickすれば大きな画像
京阪本線「丹波橋駅」の1つ「京都中心部」に近い駅。住所は「伏見区墨染町」。近くの寺で「平安時代、墨染色の桜」が咲いたことから名付けられたという

先頭へ
出世稲荷神社
clickすれば大きな画像
平成24年(2012)「千本旧二条」からここ「大原来迎院町」へ移転してきた

先頭へ
山陰道に関する地図
clickすれば大きな画像
(赤線)平安時代の山陰道(赤△=羅城門、赤○=京南分岐、白△=吉祥院
(青線)江戸時代の山陰道(黄○=丹波口、黒○=桂地蔵、黄□=樫原
(黄線)現代の山陰道=国道9号線((烏丸五条から西大橋を経て)白○=樫原秤谷

先頭へ
山科の「八ツ橋」屋
clickすれば大きな画像
昭和27年(1952)創業、山科区椥辻(地下鉄椥辻駅近く)に店を構える。「京都山科八津橋郷」と謳っている京栄堂

先頭へ
同志社啓明館
clickすれば大きな画像
写真は同志社啓明館本館(大正9年(1920))。設計はヴォーリズ。
この他に同志社啓明館西館(大正4年(1915))もあり、ともに登録有形文化財です

先頭へ
同志社アーモスト館
clickすれば大きな画像
昭和7年(1932)竣工の登録有形文化財。設計はヴォーリズ。同志社女子大のキャンパス近く、相国寺と接している位置にあり、目立たない

先頭へ
同志社女子大学ジェームズ館
clickすれば大きな画像
大正2年(1913)竣工の登録有形文化財。設計は武田五一。同志社女子大のキャンパスの中だから、入り難い

先頭へ
京都市学校歴史博物館
clickすれば大きな画像
旧京都市立開智小学校で、写真は正門明治34年(1901)、近代建築ではない)と石塀(大正7年(1918)、工事中でした)、ともに有形文化財(明治時代)。

先頭へ
近鉄澱川橋梁
clickすれば大きな画像
昭和3年(1928)建設の近鉄京都線が走る鉄橋。中書島付近の「宇治川縁」から撮影した

先頭へ
明智薮
clickすれば大きな画像
明智光秀が本能寺の変の敗走中、野党に襲撃されて亡くなった場所(とされる)。「伏見区小栗栖小阪町」にある。近くにも同様な「石碑」があり、他にも「終焉の地」と伝えられる場所はある(いずれが真か)

先頭へ
上三栖公園
clickすれば大きな画像
「上三栖児童公園」とする資料もある、現地の公園に「名称表示」はない。「伏見区下鳥羽上三栖町」にある。「下鳥羽」には特徴のある施設は少ない

先頭へ
南大内小学校
clickすれば大きな画像
大正13年(1924)「大内小学校分教場」として開校、すぐに「大内第三尋常小学校」に。昭和22年(1947)「南大内小学校」に改称で、現在に至る。「南区八条内田町」にある

先頭へ
洛南高校
clickすれば大きな画像
元々は真言宗の教育機関で大正6年(1917)「真言宗京都中学」に始まる。昭和37年(1962)「洛南高等学校」となった。現在、中高一貫の「学校法人真言宗洛南学園」となっている。「南区東寺町」にある

先頭へ
柏屋光貞
clickすれば大きな画像
東大路通(安井北門下ル)に面した座売りの和菓子屋老舗。珍しい和菓子を多く作っている。文化3年(1806)創業

先頭へ
七本の群生松
clickすれば大きな画像
江戸時代「この地(七本松通と一条通の交差点)」に七本の松が群生していたことから、南北の通りの名が七本松通となった、と伝えている。
同じ場所に、堀川・北野線を記念して「北野チンチン電車」のプレートもある。

先頭へ
パビリオンコート和館
clickすれば大きな画像
明治37年(1904)古美術品の陳列施設として建てられた。木造平屋建、国登録有形文化財。現在は、結婚式場などとして使われている。こちらが詳しい。

先頭へ