京都の街角写真

五辻(いつつじ)           (INDEX:索引へ)


「今出川通」の一本北にある、「大宮通」から「御前通」(北野天満宮東門)までの比較的短い(約1.2km)通り。
後鳥羽上皇の院御所「五辻殿」があったことから「五辻通」(「ごつじ」とは読まない)と呼ばれるようになったと言われている。
市バスは走っていない。七本松通以東は「東から西へ」、以西は「西から東」への一方通行。

  直接飛ぶのなら  千本  七本松
北側東西位置南側
「山名宗全邸宅跡」

「応仁の乱」西軍の大将「山名宗全邸」は現在の上京区山名町にあった。
石碑は「五辻通の果てを(大宮通を越えて)東に行ったところ」に建っている。

(大宮東入ル)

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 大宮西入ル

千本東入ル



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clickすれば大きな画像 「中儀銘木店」

街の材木屋さん。

(大宮西入ル)

(撮影:2020/10/28)
京菓子司「かま八」老舗

文化3年(1806)創業の「どら焼き屋さん」。創業当初、茶釜の販売をしていたところから名付けた。

(浄福寺西入ル)

(撮影:2017/10/12)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「鳥岩楼」

昭和20年(1945)祇園から西陣へ移ってきた「鳥料亭」。「鳥スープ」が自慢。お手軽な昼の「親子丼」が評判

(智恵光院西入ル)

(撮影:2016/8/3)
後鳥羽上皇「五辻殿址」

後鳥羽の生母藤原殖子の弟・坊門信清が元久元年(1204)後鳥羽上皇のために「五辻通浄福寺西入ル」に造営したもの。石碑と駒札は「千本東入ル」に建っている。

(千本東入ル)

(撮影:2020/7/2)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「嘉楽中学校」

住所は「今出川通千本東入ル」だが、面積的には五辻通に面している。昭和22年(1947)創設

(千本東入ル)

(撮影:2020/10/28)
「五辻の昆布」

千本通にも記載した(この店は千本通に向かって開いている)が、五辻の名を冠しているので重複ながらここにも記載した。

(千本角)

(撮影:2016/6/1)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「タカムラ」

「アインシュペンナー」(ビアホール)と「Coffeeタカムラ」(喫茶店)の2つの看板が出ている。

(千本東入ル)

(撮影:2020/7/2)
北側東西位置南側
「長谷川杼製作所」

日本で唯一・最後の“杼職人」がやっている店。
ここが無くなると「西陣織」が廃れる。

(千本西入ル)

(撮影:2020/10/28)
clickすれば大きな画像 千本西入ル

七本松東入ル



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clickすれば大きな画像 「稲垣機料」

明治30年(1897)代創業の「手織りの道具(織機など)屋」。
旧七本松西入ル=七本松東入ル、とややこしい。

(旧七本松西入ル)

(撮影:2020/10/28)
「大報恩寺(千本釈迦堂)」

広域のため、本堂は上立売通、西門は七本松通に掲載した。入口の石標があるのはこの五辻通。

(六軒町西入ル)

(撮影:2022/12/10)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「西尾浸落店」

「浸落」はしみおとしと読む。一般には「しみ抜き」と言うことの方が多いか。

(七本松東入ル)

(撮影:2020/10/28)
北側東西位置南側
「奏絲綴苑」
(そうしつづれえん)

日本美術織物の最高峰「西陣爪掻本綴織」の技術を保存する組織。
「手織り体験」などもさせてもらえる。

(七本松西入ル)

(撮影:2016/8/3)
clickすれば大きな画像 七本松西入ル

御前東入ル



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clickすれば大きな画像 真宗「善正寺」

個人の家にしか見えない。これが「お寺」とは。

(七本松西入ル)

(撮影:2020/10/28)
「材源」(主屋)

この建物は「上京北野界わい景観建造物」に指定されている。文政元年(1818)創業の材源(文化財復旧工事業、本社)は今出川通御前東入ルにある。

(御前東入ル)

(撮影:2016/8/3)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 京せんべい「田中實盛堂」

大正10年(1921)創業。“京都らしい”「おせんべい」を焼いている。中々美味しい、一度ご賞味あれ。弟が「七本松通」でも同様な店を開いている。

(七本松西入ル)

(撮影:2016/8/3)
「北野天満宮東門」

西に突き当たると「御前通」になり、そこに「北野天満宮東門」がある。
clickすれば大きな画像

(撮影:2016/12/10)