京都の街角写真

東大路通(東山通)           (INDEX:索引へ)


鴨川の東にあるので、平安京の時は市街ではなかった(荒地か)。
漸く昭和元年(1926)頃「外郭線」として開通した新しい通りである。
最近は「東山」の寺社仏閣に釣られて賑やかさを増している

市バス「202」系統が「丸太町通」から「九条通」までカバーしています。
「北大路通」から「丸太町通」までは「206」系統。

【森谷】「北山通」から「九条通」まで。全長約8.2km。
“知恩院”(古門)の絵が掲載されている。


  直接飛ぶのなら 北大路  今出川  丸太町  二条  四条
西側南北位置東側
蕎麦切「塩釜」

京都でわざわざ「蕎麦切」と謳って、ラーメンと一線を画す意図か。

なかなか「量が多い」との評もある。

(北泉通上ル)

(撮影:2013/2/23)
clickすれば大きな画像 北山下ル

北大路上ル
clickすれば大きな画像 AmericanCafe「SpeakEasy」

昭和62年(1987)創業

と比較的長くやっている。

お隣に「鷺森神社の御旅所」があるのも修学院らしい。

(北山通下ル)

(撮影:2013/2/23)
「天天有」

昭和46年(1971)創業

「白川ラーメン戦争」のきっかけになるほど衝撃的なデビューでした。
今や老舗です。

(北泉通下ル)

(撮影:2013/2/23)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「疎水分線」

疎水も「哲学の道」からはるばる北上、東大路とはこの「地蔵本橋」で交差する。
この後、洛北高校まで北上し、最後に賀茂川に合流する。

(撮影:2015/8/9)
西側南北位置東側
「左京消防署」

この消防署の「消防出張所」が我家を守ってくれています。

(東鞍馬口通下ル)

(撮影:2013/2/19)
clickすれば大きな画像 北大路下ル

今出川上ル



ページの先頭
clickすれば大きな画像 「高野中学校」

昭和25年(1950)創立

「高野」=「北大路と東大路の交差点」の南東角にある。

(北大路下ル)

(撮影:2013/2/23)
叡電「元田中駅」

叡電が東大路を横切るのはここだけ。
踏切が東大路を守っている。

「田中里ノ前」(御蔭通)
の北にある。

(撮影:2013/2/14)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「ルイ・パストゥール医学研究センター」

昭和61年(1986)に発足。ウイルス性疾患や癌の基礎的・臨床的研究を行っている。2014年「公益財団法人」として再発足した。

(今出川上ル)

(撮影:2017/1/25)
西側南北位置東側
「関西日仏学館」

昭和11年(1936)建築
現在は「アンスティチュ・フランセ関西」。オーギュスト・ペレーの弟子レイモンド・メストラレの設計。国登録有形文化財

(東一条通上ル)

(撮影:2013/1/20)
clickすれば大きな画像 今出川下ル

丸太町上ル



ページの先頭
clickすれば大きな画像 「京都大学総合博物館」

この奥は「本部構内」になる。

平成13年(2001)開館

京大の研究成果を見ることができる。

(今出川下ル)

(撮影:2013/2/14)
京都大学「物質−細胞統合システム拠点」(iCeMS=アイセムス)

平成19年(2007)設立
細胞を制御する材料を創り出す研究を行っている。

(東一条通上ル)

(撮影:2017/1/25)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 京都大学「尊攘堂」

吉田松陰の遺墨などを収納・展示するため明治36年(1903)に建てられた(国登録有形文化財)。東大路通からは裏側を見ることができる。

(東一条通上ル)

(撮影:2017/1/25)
「日本イタリア京都会館」

昭和22年(1947)建屋竣工

イタリア文化の発信に努めている。学生時代ContractBridgeの試合をした記憶がある。

(東一条通上ル)

(撮影:2013/1/20)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「吉田寮」

概ね大正2年(1913)開設
ここは入口。名物寮そのものはこの奥(東側)にある。

寮費は約2500円/月

(近衛通上ル)

(撮影:2013/1/20)
「鈴木マイクロフィルム研究所」

昭和25年(1950)京大を相手にフィルム資料作りを始めた会社。今も継続している。

(東一条通下ル)

(撮影:2017/2/22)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「長周新聞」関西総局

長周新聞は昭和30年(1955)下関で創刊。

共産党の強い京都だからこそやっていけている。

(近衛通下ル)

(撮影:2013/1/20)
「京都大学医学部付属病院」

(通称:京大病院)

明治32年(1899)開設

紹介状がないとなかなか診てもらえない。
「春日上通」の北側にある。

(撮影:2013/2/14)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「高石造園土木」

慶応元年(1865)創業
初代の高石熊右衛門が「植健」の屋号で始めた。
「植弥」(加藤造園)ほどは目立った仕事をしていない。

(近衛通下ル)

(撮影:2017/2/22)
「西尾八ツ橋」熊野店

「八ツ橋発祥の家」提灯が目立つ。

「西尾・聖護院」は「本店」(春日上通)と同様「熊野店」も向かい合っている。

(丸太町上ル)

(撮影:2017/1/25)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「聖護院八ツ橋」熊野店

格調高い店構えで、お客様も多い。

(丸太町上ル)

(撮影:2012/12/29)
西側南北位置東側
「恒村医院」

大正7年(1918)開業

建物からして由緒があり信頼置けそう。
まだ行ったことありませんが・・・

(丸太町下ル)

(撮影:2013/2/17)
clickすれば大きな画像 丸太町下ル

二条上ル



ページの先頭
clickすれば大きな画像 「Public Cafe Sheep's」

Cafe というより
Pub、 BeerRestraunt
という感じ。

(東竹屋町通上ル)

(撮影:2015/8/9)
株式会社「イシダ」本社

明治26年(1893)創業
旧会社名「石田衡器製作所」からわかるように「秤(はかり」の世界的メーカ。
企業理念「三方良し」のブロンズ像が展示されている。

(丸太町下ル)

(撮影:2013/2/16)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「徳成橋」

疎水に掛かる橋。
平安神宮の先に、東山三十六峰(南禅寺山あたり)が見える「景観のよい橋」である。

(撮影:2015/8/17)
「木村郵泉堂看板館」

切手コイン「木村郵泉堂」の「看板店」。

写真のとおり古い看板を売っている。

(東竹屋町通下ル)

(撮影:2013/2/16)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「上田リハビリテーション診療所」

「障害者の自立支援」を目指している。建物も「おとぎの国の病院」のように見える。

(冷泉通下ル)

(撮影:2015/8/17)
「川端警察署」

この警察署の「交番」が我家を守ってくれています。

東大路にあっても「川端」警察署と言う。

(冷泉通下ル)

(撮影:2015/8/9)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 老舗「野村かつら店」

京大病院の傍に立地して、「医療用かつら」を専門にしている。

(二条上ル)

(撮影:2015/8/13)
西側南北位置東側
浄土宗願海山「西方寺」

文治5年(1189)開創
宝永5年(1708)現在の地へ。
ひっそりとした“いい”お寺ですが、最近は重文本尊「阿弥陀如来坐像」が秋の特別公開で着目されだした。

(二条下ル)

(撮影:2015/8/13)
clickすれば大きな画像 二条下ル

四条上ル



ページの先頭
clickすれば大きな画像 日蓮宗法鏡山「妙傳寺」

文明9年(1477)開創

日蓮宗、京都八本山の一つ。
「西身延」と称されている。

「二条通」との交差点にある。

(撮影:2015/8/13)
「一澤帆布」

明治38年(1905)創業の「帆布かばん」製造・販売の店。
四代目の時お家騒動がありゴタゴタが続いたが、現在は「一澤信三郎帆布」が後を継いでいる。

(古門前通上ル)

(撮影:2015/8/13)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「日本都市開発」本社

我家の企画・販売会社なので・・・。
事務所というより集会場みたいな感じ。

(仁王門通−東大路東入ル)

(撮影:2013/2/23)
「祇園会館」

昭和33年(1958)開業の映画館。
今は「よしもと祇園花月」、「祇園おどり」(毎年11月)、「京都映画祭」(隔年)などの公演も行われる。

(四条上ル)

(撮影:2017/1/25)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 浄土宗総本山「知恩院」

文暦元年(1234)、弟子源智が法然を開山とする諸堂を起こしたのが「知恩院」の始めらしい。

写真は「三門」、東大路に面しているのは「新門」。

(撮影:2007/4/4)
「いづ重」

昭和23年(1948)から石段下で営業している。
名店「いづう」からの暖簾分け(明治末年)なので鯖寿司は間違いないが、季節の「いなり」が絶品。

(四条上ル)

(撮影:2015/8/13)
clickすれば大きな画像 clickすれば大きな画像 「八坂神社」

天長6年(829)、感神院が祀られ、八坂造家が世襲している、らしい。

京都の人はここを「石段下」と通称する。

(撮影:2015/8/13)